現在日本では、ペットを伴侶動物(コンパニオンアニマル)として飼われている人が多くなっています。
それに伴ってペットロス症候群も増えてきているようです。
ペットロスとは、PET LOSS愛するペットを失うことです。
ペットを飼われている人は、必ず、ある日突然の行方不明・事故死・連れ去り・
また病死等によりペットと別れる日を迎えることとなります。
ペットロスは、恥ずかしいことではありません。愛する家族を失うわけですから、
自然な感情の流れのひとつであるといえます。
人によっては、個人差がありますが、様々な心身(精神的・身体的)の症状が起こるようです。
- 情緒不安定、疲労や虚脱感、無気力状態になるなど
- 摂食障害(拒食症・過食症)
- 睡眠障害(不眠)
- うつ病
- 精神病症状
ペットロスというと飼い主だけがなるように思われがちですが、そうではありません。
そのペットと深く関わった散歩担当のお兄さん・お姉さん等があげられます。
(犬や猫)お世話を頼まれていた相手が、引越しされてしまい、その担当の方が、体調を崩されることもあります。
上記に挙げた内容以外にもあまりに深刻な状態になられる人もおられるようです。
飼い主自身が、持病をお持ちである場合は、症状が悪化してしまうケースもあるようです。
また、入院により、愛するペットと離れなかなか回復が遅れるケースも。
※状況によっては、担当医の方にペットロスの日常問題も話されるといいでしょう。
私は、セキセイインコのフウチャンをある日突然、家族の一瞬のミスで逃がしてしまいました。
過去にも同じようにうっかり夫が、窓を開放し逃げてしまったことがありましたが、
道路を二本超えた電線の上でどうしていいかわからなくなっているフウチャンが、
必死で「ピーピー」鳴いているのが家の窓から見え、必死で迎えに行ったことがあります。
家の中の広さしか知らないフウチャンでしたので、余程怖かったのか肩に下りてきたときは、
心臓がバクバクしていました。
そのときは、無事再会できました。
でも、今回は違いました。
玄関を開放しっぱなしにしていた家族は、いつ?
出て行ったかも気づいていなかったため、探しても探しても見つかることはありませんでした。
2ヶ月過ぎた頃でしょうか、私は、つい逃がしてしまった夫を責め立ててしまったことがあります。
放し飼いにしているのだから事故なのだから仕方がないのにも関わらず、
感情的に責めたことがあります。
私にとって、フウチャンはかけがえのない存在で、仕事から帰ってくると家の中を自由に飛ばせ、
呼ぶと私の肩に飛んでくるといったとても賢いフウチャンで、仕事の疲れも忘れさせてくれる私
の癒しでもありました。
正直、いなくなったことを割り切れる自分と信じていましたが、
一年間はフウチャンのアルバムばかり見、涙したことは、多かったです。
こんな体験は初めてで自分でも驚きました。
たかがインコとは思えなかったのです。
愛犬ユリは、小学2年生の娘と姉妹のような存在でした。
いつものように学校から帰宅した娘は、ユリを連れて神社へ散歩に。
しかし、散歩から帰宅した娘は泣きながら帰ってきました。
何事?と駆け寄ると娘の足下にゆりが、ぐったり倒れているではないですか・・・。
まもなくユリは、息を引き取りました。夜、娘は、お風呂に一人入り、
大きな声で泣いていました。
その声を聞いた私と夫は、胸が詰まり泣きました。
以来、「もう、生き物を飼うのはやめよう。」と。
居て当たり前だったユリが、居ないのは、不自然でした。
家族の会話も減りました。
娘は、成長過程にあったため元気に明るく復活していきましたが、意外にも母親である私自身が、落ち込んでしまいました。
亡骸を両腕で抱きかかえて帰宅させてしまったことを私は親としての自分を責め立てました。
でも、時間の経過とともに娘の元気な姿を見ていると再び、他の動物を飼うこととなりました。
私は交通事故で入院・再入院そして長期療養となり、愛犬との時間がなくなりました。
入院2週間で、愛犬のことが気になり、また愛犬の写真がないといてもたってもいられな
い気持ちになり家族にベアの写真を頼みました。
「昨日写した写真だよ」と差し出されたアルバムは、私にとって「一日も早く治そう!」
というきっかけになれました。
再入院をしたとき、私自身の気力が無くなっていったときのことでした。
散歩代行を頼んでいたお兄さんに連れられベアが、家族と一緒に病院の外に来てくれました。
このときは、知らされていなかったので、「痛いから病院の外は無理!出られないよ!」
とやけになっていた私でしたが、ベアの姿を見るや否や私は、体の痛みをすっかり忘れて
叫んでいました「ベアだ!」。私はとても単純でベアに会うことは何より大きな薬であったようでした。
こんな風に接してくれた家族に私は感謝の気持ちで一杯です。
19年、犬としては大往生だったと思います。
もっと元気で長生きして欲しいとも思いますが、その反面、 良くがんばった、ゆっくりお休みと思いました。
我が家の愛犬は、17年を過ぎたころから老化現象が始まりました。
それは、突然表れ、そして急速に進んでいきました。
最初は耳が遠くなり始め、呼びかけても反応しないことが多くなりました。
そして、次に視力が衰え始め、目の前にいても見えているのか、 いないのかわからないような状態にまでなってしまいました。
全身の筋肉はみるみるこけていき、走る事は出来ず、少し散歩するだけでも かなり体力を使うようでした。
愛犬自身も辛かったことだろうと思いますが、見ている家族もそれは辛い光景でした。
いずれ、愛犬は歩くことが出来なくなりました。
耳も聞こえず、目も見えず・・・ただ吠える事しか出来なくなりました。
一心にほえ続けるその姿は不憫で仕方ありませんでした。
そんな状態が数日続いた後、息を引き取っていきました。悲しくもありましたが、老化していく姿を見ていく中で覚悟は出来ていましたので、 「お疲れ様、良くがんばった」という思いの方が強く、ほっとした気持ちでした。
家族同然で暮らしてきた愛犬がいなくなることはとても寂しい事ですが、 老いた姿を見続ける事の方が家族にしても愛犬にしても辛いことだったのではないかと思います。
犬の寿命は人間のそれに比べとても短いものです。
いつかは必ず別れの時が来ます。
ペットを飼っている皆さんには、別れの時に後悔しない様に愛犬との「今」を 大事にしていって欲しいと思います。
